R45 ALL THAT 補足 (文&色えんぴつ画 柳田光司)

「R45オールザットらじヲ」を担当しています「柳田光司」です。

「柳田?誰やねん?お前?」というクレームを少しでも解消するため
「長~い 長~い自己紹介」をさせていただくことになりました。

第30回「電車に乗っている時に窓側に座って景色を眺めながら聴きたい曲」
(2018年5月25日 OA)

「柳田!聴いてみぃ…めっちゃ、お前好みやぞ!」

流れてきたのは、エレカシ史上、もっともマイナーで奇曲が多く
誰も寄り付かなかった三枚目のアルバム『浮世の夢』だった。

「…懐かしいやろ? 柳田、お前コレばっかり 聴いてたな。
エレカシがまだ売れる前に、シルクホールにライブ行ったなぁ…」

『エレファントカシマシ』
あのころ、『ストーンローゼス』をはじめ、
多くのバンドの曲名には「エレファント」という言葉が乱発されていた。

バンドのフロントマン。
宮本は、バンド名の由来について「エレファント」=「象(ぞう)」
「カシマシ」=「やかましい」
つまり、「やかましい!ぞぉ~~!」とアピールしていた。

そのネーミングセンス。
受け答えに対し、同世代でバンドを演っていた嫉妬か?
「寒い(面白くない)やつやなぁ…」とバカにしていたが、
彼らが奏でるストーンズ丸出しのストレートなロックは魅力的だった。

失礼な物言いですが、エレカシは腐ってもメジャーデビューしていた。
実力や才能以上に「時代の追い風」があった。

奇しくも、『ルースターズ』の「大江慎也」が長期入院。
“あのバンド枠”が空いていた。
結果的に、宮本浩次がスルッ~とカットインした。

MC(曲と曲の間のシャベリ)がまったくない40数分間ジャストで終わる
パンクロックのようなライブパフォーマンス。アンコールを1曲も受けつけない生意気なカタチを雑誌「ロッキンオン」が必要以上に取り上げた。
音楽業界にたずさわる大人たちの“後押し”が見え隠れしていたのも事実だ。

それでも、私は「エレカシ」が嫌いじゃなかった。
否、下宿の家主の爺さんに怒られるほど「エレカシ」を聴きながら…
プロとアマの大きな溝をボォーと覗き込み落ち込んでいた。

生活は短期、日払いのアルバイトでまかなっていた。
あれだけ大好きだった「映画館」と「寄席」通いは後回し。
生活費の大半は「レコード」か「CD」と「食費」に消えた。
デートを含む交際費は、いったいどうして捻出していたのか?全く記憶がない。
おそらく、すべて出世払いで出してもらっていたのだろうか??

お腹が減ったとき、何度も 交際相手でもない女性のワンルームマンションや
実家にお邪魔し夕食をいただいたことは記憶している。…若いっておそろしい。

暇さえあれば京都の中古レコード店を片っ端からまわる『レコ狩り』をした後
馴染みのライブハウスに潜り込み 貰い煙草をくゆらせ家路へ急ぐ。

行動を共にしていたのは、同級生の「Y澤」が多かった。

「Y澤」はいつも安いウイスキーやジンを銀色の小瓶に入れ替え、
ライブ会場でこっそり飲むのが好きだった。
と同時に、胸ポケットに「録音付きウォークマン」に120分テープを仕込み、
こっそりと録音することに喜びを感じる男だった。

ふだんは、ものすごく無口な男だったが…
アルコールが入ると少しずつ行動も大胆になり、口数が増えるタイプ。
一旦、タカがはずれると「お前も、飲めや」「腹割って喋れ!」が口ぐせ。
そのくせ、異常なほど 健康食(野菜、納豆、魚料理)にこだわるタイプ。

いっぽう私は、酒を飲まなくても コーヒーと煙草さえあれば…OK
何十時間もベラベラ喋らないと 頭から白煙がのぼる病と闘病中。
たいした不満もないのに イライラを喋ることで発散。でないと眠れない(笑)

おそらく、方向性を間違えていたら…
とんでもない“軽犯罪”を犯すタイプなのでしょうが…(笑)
…私、“そういう現象や性癖”に対し 心底 距離をとりながら
ギャグにしないと気がすまない“社会不適合者”でした。

「言ってはいけない!」
「やったら、アカン!」と念を押されれば押されるほど
「…それは、黙るな!と言うこと??」って…試されている気がするんです。

エレカシを初めて見に行った時もそうでした。

開演10分ぐらい経ったあたりで、イラッイラッするんです。

せっかく、必死に工面したお金で「入場料」を払っているのに…
目の前のエレカシは、下宿のスピーカーから聞こえる「エレカシ」と“同じ音”
わざわざ足を運び、時間を割き、ずっと聞かされることに我慢限界。

曲が消化される度に、観客の数名は本気で拍手し喜びを伝えようとしているのに… エレカシは完全に無視。尾崎豊のような反逆児キャラを演じている事?にもイライラ。
その戦略にまんまと乗ったふりをしている観客に腹が立っ。

誰一人として、声も上げず わかったような顔をして黙って聞いている。

宮本の世界観を先物買いしている私ってセンスあるやん?的なサブカル臭。
不健康な密室。
こんな奴らと、同等に扱われることを極端に嫌う自意識の高さ。

たいして上手くなかったエレカシの演奏。
ステージでは喋らないことを、良しとするサービス精神のなさ。

気づけば、実行した後でした。

「宮本(ミヤモト)~~!!!」
京都シルクホール内に響き渡る私の声。

周りは完全にドン引き状態でしたが、
(不意を突かれた宮本は)思わず…「おぅ~~」と返事。

こうなれば、先手必勝。
ふと我に返りキャラ?に戻る宮本に対して…
「お前、喋れるやんけ~~!」と反射的に怒鳴る。

それに対し、一拍(いっぱく)間があり「…おぅ」と恥かしそうに返す。

宮本が初めて放った肉声の「…おぅ」で観客席がドっと沸く。
あちこちで、笑いが漏れ出した(笑)

会場の空気が明らかに、狂い始めた。
でも明らかに、それは「エレカシ歓迎」の狼煙だったハズ。
おそらくステージ横の緞帳から現場マネージャーからの指示があったと思う。

今まで以上に「無視」を決め込み、すぐさまドラムとベースに合図。
すぐさま、カウントし始めた。…あとは、もうどうでもよかった。記憶にない。

コンサートの帰り道。
四条烏丸から、まっすぐ北上。

ゆったりとした上り坂を ダラダラ北大路まで。
ちんたら、ちんたら どーでもいいことばかりしゃべりながら歩く。

「あいつ、普通にええ奴やったなぁ…」

「やっぱ、ファイティングマンからデーデのメドレーやったなぁ…」

「エレカシのベースって、スピーカーからの音は小さいくせに
あっちは“デカそう”やなぁ…」あること、ないこと、そのまま朝まで雑談タイム(笑)

…あれから およそ30年経ったプチ同窓会。
スマホに接続しているヘッドホンを「Y澤」が私の耳に無理矢理ツッコむ。

「柳田!聴いてみぃ…めっちゃ、カッコええぞ!」

流れてきたのは、エレカシ史上、もっともマイナーで奇曲が多く
誰も寄り付かなかった(笑)三枚目のアルバム『浮世の夢』でした。

「…懐かしいやろ? 柳田、お前コレばっかり 聴いてたな?」

…会話の一言一句がそのまま冷凍保存され“過去からやって来た”恥ずかしさ。

これほどまで、若いころの交友関係を悔やむこともありません(汗)

…誤解のないように言っておきます。

私、“コレばっかり”聴いてはいなんです(笑)
でも、ここで変な言い訳しても…ね(笑)
まったく盛り上がらないから笑っているだけなんです。

でも、“珍奇男”という7分ちょっとの曲?というか…
鼻歌?にも似た宮本節は 結構ハマっていたような気もします。

あの曲?あの粘りに粘った“メロディが欠如した語り”を
下宿でいつも、いつもBGMにしていた姿は 他人様からみれば
悩みに悩んだ末、生きることを放棄した“珍奇な男”だったかもしれません。

でも、(こんなことを言うのも失礼ですが…)
あの頃の「エレカシ」が今も持続、紅白に出演しているなんて…?ね(驚!)
『バックトゥザフューチャー』のワンシーンに入れ込みたいくらいです。

…そんな、私が「電車に乗っている時に窓側に座って景色を眺めながら聴きたい曲」で推薦したのは… ≪渚 ゆう子≫の『京都慕情』です。

あぁ~百万遍の京大西部講堂に「ローリングストーンズ」が来てくれないかな?

…その時には、百万遍の原風景「立て看板」を復活!させてほしい~!ですね。
個人的には、あの立看こそ 京都の学生文化が凝縮された大切なもの。
このあたりのことも、また機会があればぜひぜひ!

なぜ?私がこの曲を推薦したのか?
気になる方は、ラジコのタイムフリー(1週間無料サービス)でも
番組をお聞きください!

50歳を目前に、まさかのラジオデビューした私「柳田光司」宛の
応援メール、ハガキ、郵便なんでも結構です。
一行メッセージでもかまいません。必ず目を通させていただきます。
こちら「R45 ALL THAT 補足」も読んで下さいね~!

次回の『R45 ALL THAT “らじヲ”supported by Joshin』は、
6月1日(金曜日)夜9時から。
第31回のテーマは、『クールダウンできる曲』

来週も お付き合いのほど よろしくお願いいたします。

谷口「わー、わー、言うてます!」

柳田「お時間です!」

2人「さようなら!」     …(つづく)

画像: 次回の『R45 ALL THAT “らじヲ”supported by Joshin』は、 6月1日(金曜日)夜9時から。 第31回のテーマは、『クールダウンできる曲』
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