R45 ALL THAT 補足(文&今週は写真 柳田光司)

「R45オールザットらじヲ supportedby Joshin」を
 担当しています「柳田光司」です。

「柳田?!? 誰やねん?」というクレームを少しでも解消するため
「長~い 長~い自己紹介」をさせていただくことになりました。

第65回「寒さをぶっとばすソング」(2019年1月25日OA)

今週末、1月27日(日曜日)
「第38回大阪女子国際マラソン2019」が開催されます。

生で観戦できる時間とチャンスがあれば、迷うことなく行くことをおススメ。

私が「昭和世代」だからでしょうか??
「スポーツ」そのものより「人(選手)」に魅かれます。
強い、弱いは関係ありません。すべて相性です。

心に引っかかったアスリート、野球選手、力士、プロレスラーなどは…
プロアマ問わずじっくり調べる性質(タチ)です。応援すると決めたら、真剣に取り組みます。
でないと、面白くないんです。今、気になるのは「女子プロ野球選手」
『Sports Graphic Number』は、ほぼ毎号愛読。
本腰でスポーツを観戦する時には
“それなりの背景やライバル戦記”を頭に叩き込んでから見たい派です。

「大阪国際」でいえば…「1991年」「1992年」あたりが印象深いですね。

ちょうど、このあたり。
『Jリーグのプレ開幕戦として、第1回ナビスコカップが行われたころ』
…「新聞やイベント広告の営業」をやって生活費を稼いでいました。

サッカーの試合が行われるグランドの一角にある「スポンサーボード」とか
マラソン大会で無料で配られる「スポンサー入りの手旗」とか…集める仕事。
…ほんと、自分で言うのもなんですが…真面目に地を這うように働いていますね、20代の私(笑)

注目していたアスリートは、≪松野明美≫さん。
女子マラソンの代表選考が熾烈を極めた1992年バルセロナ五輪。
当落線上にいた松野さんは、異例の記者会見を開きました。

この会見で「松野」=「奇人」の印象だけが残っていますが…
「とんでもない誤解」です。
趣味の範疇を超えた「松野明美 年表」で整理してみましょう。

「松野明美 簡易年表」

◇高校時代、全国区では無名のランナー。
 しかし九州では、小柄だが根性のあるランナーとして有名だった。

◇インターハイ九州地区大会を制覇しながらも、
 あまりにも体が軽すぎて(当時、身長147cm、体重35kg、足のサイズ21cm)
 強風で飛ばされ足をラインの中に入れてしまい失格したこともある。

その試合(インターハイ九州地区大会)を観戦していた
「岡田正裕」(おかだ・まさひろ)(後に亜細亜大学監督として箱根駅伝で総合優勝)が、
倒れながらも前に進もうとする松野の姿に感動。…勧誘した。

しかし松野の両親は猛反対。
岡田は「オリンピックに行けるから」と言って説得したという。

◇高校卒業後。松野は熊本の大手スーパー「ニコニコドー」に入社。
スーパーの時計売り場で働く。
その時、ニコニコの取引先の営業マンだった岡田が「駅伝は金がかからないから」と社長を説得。

松野は創設されたばかりの実業団チーム(女子陸上部)に入部(所属)する。
岡田監督の指導の下、地獄の特訓。
月間1000キロ以上走り込み…「国体優勝」などの実績を積んでいく。

◇1987年。全日本実業団対抗女子駅伝。
 松野率いる初出場の熊本「ニコニコドー」が大活躍。
 インパクトがある会社名、ショッキングピンクのユニフォームが全国ネット。
 
 松野が任されたのは、最長区間の4区(10キロ)。
 その時、国内では敵なしだった「増田明美」を含むランナーを12人抜き。
 非公認ながら10キロロードの日本最高記録「32分17秒」を樹立。
 
 とにかく衝撃的な鮮烈デビューだった。

◇(その、実績を認められ)1988年のソウルオリンピック。
  松野は女子長距離トラック唯一の代表である10000m代表に選ばれた。
  本番でも、増田の持っていた日本記録を6年ぶりに更新する

日本記録を出したものの…世界の壁はたかく、予選落ち。
――松野は、4年後をめざす。

◇1990年。「全国実業団女子対抗駅伝」
 新人・五十嵐美紀(リクルート所属)(後に92年バルセロナ五輪10000m代表)との4区。

松野VS五十嵐の総合2位を争ったデッドヒート。
松野は、新人の五十嵐を軽くかわそうとする。
しかし、五十嵐も負けじと前に出る。松野もまた前に出る。

チームとしては「ニコニコドー」は
最終5区でリクルートに破れ総合3位になるものの…
4区は、松野が区間新記録で区間賞をとった。

◇1991年。「世界陸上東京大会」
 松野は10000mに出場するものの…(12位に終わり)予選敗退。
 予選レース後の記者会見。松野は故障の言い訳をひとこともせず
 「この小さな身体でよく頑張った自分を褒めてやりたい」とコメント。

松野は、女子駅伝、10000mを引退。「マラソン」へ転向する。

***********

…こういう流れがあっての「大阪国際女子マラソン」
1992年1月のことでした。

見ず知らずの松野さんに「さえない自身」を投影。
暗中模索の毎日を、松野さんの走りに賭けながら応援していました。
(ホント、迷惑な話です。)

しかし、バルセロナ代表選考レースも兼ねた「初マラソンの松野」は、
当時の日本最高記録を上回る2時間27分02秒の好記録で2位に入賞。

※優勝したのは、松野と同じく初マラソンだった「小鴨由水」(記録は、2時間26分26秒)

◇松野は、「91年世界陸上東京大会女子マラソン」
(2時間29分57秒、2位入賞)の「山下佐知子」と共に代表確実。
…だったのですが???

◇…ここで思わぬ展開へ。
 陸連関係者の間で、国内選考レースで記録の良い松野よりも、
 世界陸上東京大会女子マラソンで(2時間31分08秒)で
 4位入賞の実績を残した≪有森裕子≫を推す声が出る。

…およそ60秒もタイム差があるにもかかわらず。

20代の若造でしたが… 
あの時、抱いた「大人への胡散臭さ」と「不信感」を忘れることはないでしょう。

自分が、40歳、50歳になった時には必ず「こういう同調圧力に対して違う!」と
言える大人であり続けたいないなぁ…と願っていましたが…ご安心ください。
いまなお、あの姑息で胡散臭いオッさんは大嫌いです。

◇女子マラソン代表選手発表の2日前。
 松野は、地元熊本で(岡田監督ら同席で)記者会見を開く。

松野『私、オリンピックに出たらメダルを獲れると思っていますので、
   そのためにも一生懸命頑張って練習しますので、どうぞ…選んで下さい』

松野『やっぱり、強い人は強いと思いますので、強い人を選んでほしいです』

※記者会見の1日前―――

陸連から松野のもとへ「健康診断通知書」が郵送されている。
この通知書は、マラソンではなく「1万mの強化選手」に送られるもの。
松野の関係者は、慌てて記者会見を開く流れに…。

※一方、有森は国内選考レースには結局出ず。
(当初、有森も大阪国際女子マラソンにエントリー。
 松野との直接対決が注目されたが…左足のケガで欠場)

◇1992年3月28日。
 バルセロナ五輪の女子マラソン代表へ正式に選ばれたのは
 山下・小鴨。そして最後の3人目は「有森裕子」だった。

※この時、日本陸連は松野に対し
「前回のソウル五輪同様、女子10000mで選出される可能性がある」
…との理由で「マラソンに選ばなかった」としたが…
結局、補欠代表にも選ばないまま「闇雲」になってしまう。

こういった「事実」と「史実」は忘れられていきます。
「91年世界陸上4位の有森」が、バルセロナ五輪で銀メダルをとり…
「自分自身をホメであげたい!」というセリフが残って…
シャンシャン総会でお終いです。
談合、なれ合い、護送船団方式の日本的なやり方に心底呆れかえったものです。

ちなみに、あれ以来…
オリンピックのマラソン競技とは、プツンと興味を失ったまんま。
五輪のマラソン日本代表とは距離をおいたまんま。

頑固と言われても、それ以上に「アホらしさ」が勝つんです。
ちなみに「有森裕子さん」には何の恨みツラミもないです。
あの悪状況の中で、2位に入賞したアスリート。
なによりも、1995年のアトランタ五輪まで努力を続け「出場」「銅メダル」ですから。
「走る」のと同じくらい「超一流のメンタル」の持ち主。
戦いに勝つ人特有の「鋼のハート」なのでしょうね。

で、そんな中で唯一ほっとするのは…
「増田明美さんの細かすぎる選手情報」だけですねー。
現役時代、マラソンの実力がありながら…
挫折しているアスリートだからこそ、人情味があるのでしょうね。

増田さんの解説には「人間の機微(きび)」を感じるんです。
今年の大河ドラマ『いだてん』の前半パートの主人公
(日本で初めてオリンピックに参加した男)「金栗四三」さんにも感じます。

『声は、人なり。』

今は亡き「桂 米朝」師匠のことばが沁みます。

あの人間国宝が、わざわざ色紙に添える意味が
ここに来て、ようやく理解できる大人になりました。

『芸は、人なり』…ではなく『声は、人なり』なのが奥深いですね。

NHK朝ドラ『ひょっこ』では「語りのナレーション」
最近では「ナレーター」の仕事も数多くやられている増田さんの声。
そして、興奮すると早口で何を言っているのかよくわからない松田さんの声。
「ふたりの明美」の声も性格も対照的ですが…『声は人なり』誠に心地いいものです。

こんな私が「受験生!寒さをぶっとばすソング」で推薦したのは
≪西城秀樹≫の『情熱の嵐』です。

なぜ?私がこの曲を推薦したのか?気になる方は、
ラジコのタイムフリー(1週間無料サービス)でも番組をお聞きください!
私「柳田光司」宛の 応援メール、ハガキ、郵便なんでも結構です。
一行メッセージでもかまいません。必ず目を通させていただきます。
こちら「R45 ALL THAT 補足」も読んで下さいね~!

次回の『R45 ALL THAT “らじヲ”supported by Joshin』は、
2019年2月1日(金曜日)夜9時から。
次回のバトルテーマは「沖縄ソング」
来週も お付き合いのほど よろしくお願いいたします。

谷口「わー、わー、言うてます!」
柳田「お時間です!」
2人「ごきげんよう!」     …(つづく)

画像: 次回の『R45 ALL THAT “らじヲ”supported by Joshin』は、 2019年2月1日(金曜日)夜9時から。 次回のバトルテーマは「沖縄ソング」 来週も お付き合いのほど よろしくお願いいたします。
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