R45 ALL THAT 補足 (文&写真 柳田光司)

「R45オールザットらじヲ supported by Joshin」を
担当しています「柳田光司」です。
「柳田?!? 誰やねん?」というクレームを少しでも解消するため

「長~い 長~い自己紹介」をさせていただくことになりました。
先週からシーズン②「湊町(みなとまち)サウンドクリニック」が開業中。
一言でいえば…R45流の≪お悩み相談≫企画。
大阪市街で「悩み、怒りインタビュー取材」を敢行中。
また、皆さまからの投稿メールも随時募集中です。

「オトナの女性」と「年齢だけムダに重ねている男」が、
≪しぶとく、カッコよく生き抜くためのヒント≫を勝手に処方中!

第104回「ダイエットを繰り返す(他)」(2019年10月25日OA)

歴史が大好きです。
典型的なおっさんと言われようが好きなものは好きです。
来年の大河ドラマは超楽しみ!です。

(全国の織田さんには申し訳ないですが…)
私、『明智光秀(あけち・みつひで)』さんの味方です!

年齢を重ねるごとに、
特に50歳を超えてから…「明智さん」の気持ちが手に取るようにわかります。

「光秀」=「家臣を裏切った卑怯者」「本能寺の変」と
悪いイメージしかありませんが…「光秀」ほど“現代の会社員に通じる
悲哀を感じさせる共感を呼ぶ武将”はいない。

今週は、歴史が苦手な人のために…
私(柳田)の主観的解釈で「明智光秀」って
こんな人物だったのか、「半沢直樹風のラジオドラマ」で置き換え
簡単にレクチャーさせて頂きます。
知り合いに、亀岡市や福知山市に住んでいるのもありますが…
私の地元「滋賀県大津市」にも来年はドーンと盛り上げてほしいものです!

(ドラマの設定)

●「織田信長」を社長。
(イメージ;織田信成さん)
(信長の生まれ育った“織田家”を“有限会社・織田”)

●信長に従った「家臣(光秀)」
➡(演:長谷川博己さん似た男前)
「(有)織田の社員」

(あらすじ)

戦国時代の中頃。名古屋が発祥の「(有限会社)織田」 
吹けば飛ぶような家族経営の同族会社だった。

「信長」が17歳の時。
先代社長が亡くなって後継者に就任。

二代目の若社長「信長」が誕生した。

しかし、地元では評判のうつけ者(アホ)と陰口を叩かれていた「信長」
上下真っ赤なド派手なスーツに身をかため夜な夜な豪遊。
周囲の誰もが、あの“織田株式会社”はつぶれると疑わなかった。

――――そんな「(有)織田」の若社長「信長」に転機が訪れる。

(信長)26歳の時。
会社の存亡をかけた「桶狭間の戦い」
(天気を先読みして)を制して時の人に。

➡東海地方の老舗会社「今川株式会社」に対して
名古屋の町工場「(有)織田」が勝利。吸収合併に成功
その後、8年かけて「(有)織田」名古屋から岐阜にかけての勢力拡大に成功。
上場企業の仲間入りを果たす。

このころに信長と出会ったのが働いていた会社が
倒産して無職だった「明智光秀」。

途方に暮れる中年会社員「明智」は、「㈱織田」に再就職する。
「明智」は、「信長社長」よりも6歳年上。信長が34歳。
明智は40歳だった。

もともと名古屋の小さな店(小豪族)から身をおこし、諸国を浪々。
越前の老舗会社の社長『朝倉義景(よしかげ)』に仕え、
京都の老舗『足利義昭(よしあき)』に仕えながら…経営哲学を学び続けていた。

明智が「朝倉」に仕えたころ、
(社訓)「武士を心がける者は、第一うそをつかぬものなり」が常識だった。

…だが、(現実の)
戦国の世は“うそとうその駆け引き”が日常であった。

明智が仕えた「朝倉家」では、
武士の嘘は『恥(はじ)』という時代であったが…
戦国の末期には 「武士の嘘を肯定する考え方」も現れてきた。

海千山千の経験を積んできた「明智」も例外ではなかった。
『仏の嘘を方便と言うのであれば、武士の嘘は、武略と言ってもいい!』

―――その後、信長に仕えて頭角を現す 明智とはそういう男でもあった。

『㈱織田』の経営理念が発表された。 
信長社長の第一目標は【天下布分(てんかふぶ)】

※現代の言葉に直すと「首都圏(東京)進出」

これまで、名古屋から岐阜にかけての地域密着の営業をおこなってきた
「㈱織田」が、一心不乱に京都(日本の中心地)をめざす。

だが、「㈱織田」には 大きな問題があった。
名の知れた老舗企業なら京都への進出も可能かもしれないが…
「㈱織田」は、急成長したベンチャー企業。会社全体にも不安も募る。

この社内の重たい空気を一掃したのが、40歳で中途入社した「明智光秀」だった。

もともと京都に本社のあった大会社「足利(あしかが)」で働いていた
経験を活かし大活躍。明智は、京都への販路拡大に必要なことは③つ。

①「製品力」
②「資金力」
③「交渉力」だと知り尽くしていた。

度重なる困難にも「明智」は「信長社長」を立てながら苦難を共にしながら
なんとか、京都近郊(首都圏)の大部分のシェアを獲得に成功。

(※1575年、光秀は信長から丹波攻めを命じられ…5年かがりで平定)

晴れて明智は、首都圏にある各支店長を束ねるエリアマネーシャーに就任。

(※越前➡前田利家、近江長浜➡羽柴秀吉 伊勢➡滝川一益(いちます) …)

(※光秀は、比叡山焼き討ちの実行部隊長。この功績が認められ近江・坂本の地をあたえられる)

「明智」は年齢的にも立場的にも「㈱織田」の№2。決裁権を持つ出世頭となる。
(と同時に)
「㈱織田」は、成功をおさめた「兵農分離」と「城下町スタイル」の二つを
全面的に押し出しながら…「全国展開」に打って出る。

目玉商品は「海外から直接輸入した大量の“火縄銃”。
「武田信玄征伐」はそのプロモーションとして敢行。
全国展開の足掛かりを築いた。

運命の日。

『㈱織田』の今後の経営方針を発表する会が催された。
社長の訓示があったり、成績優秀者の発表や臨時ボーナスが払われたり
新商品の発表を行ったりと イベントは大盛況だった。

だが、ここで明智にとって「納得がいかない人事」が強引に決定される。

この日、「信長」と「真田昌行」が初顔合わせ。
(昌行は、信長の敵である上杉と内通、信長にも尻尾を振る。)
(上杉の配下として、家康を負かした経歴もあり)

信長は、「真田昌行」の中途採用を決定する。
「㈱織田」の将来を心配し、
信長社長に提言したエリアマネージャーの明智はその場で降格人事。

信長からは、「お前(光秀)が何をしたーーー!」と足蹴にされ、解任。
中国地方へ新規開拓を命じられる。
★…中国地方に住んでいる方、ごめんねーーー!!!

この処分に対し 周囲には「上が決めたことだから…」と話していた光秀。
しかし、頭脳明晰で 決断力のあった光秀は
“政治の中枢(京都本社)”にいてこそ真価を発揮することを わかっていた。

リストラ同然の「左遷」を受けた「明智」が記した手紙が残されている。

「このままでは、私は“水に沈んだ石ころ”と同じです」

光秀は、助けを求めたが…
信長は、これまで会社のために必死で働いてきた 明智の功績を認めなかった。

京都で飲み会(宴会)をしていた信長社長。
財界人らと交流を深めていた。
他の大勢いる支店長や社員も全国に出張中。

この状況は 光秀や「黒幕」とやらの力で創り出せるものではなく…
「信長の油断」によって条件が満たされた。

明智は、突然訪れた好機を逃さず決起
これが、いわゆる(本能寺の変)である。

全国制覇も時間の問題であった信長と 後継者「信忠」の死により
その後の日本の歴史は大きく変わってしまった。

「本能寺の変」によって運命を変えられたのは信長・光秀だけではない。
光秀の娘(ガラシャ)を
妻(婿入り)にしていた『秀満(ひでみつ)』を知る人は少ない。

義父「光秀」が山崎の戦で敗れたという報告を受けるやいなや 
秀満は安土城を引き払い、明智の本拠地であった「坂本城」をめざす。

秀満はそれまで生死を共にしてきた家臣たちをねぎらった上
「城」から逃がす。攻城の大将は『堀 秀政』だった。
秀満は坂本城の天守閣に秘蔵されていた

名刀や茶器などを天守から下に落とし…
目録を添えて「堀 直政」に寄贈。
家臣への手当、明智家の財宝を破損することなく無事渡し終えた後
光秀の妻、自分の妻など一族を刺殺し 天守閣の戸を開けて叫ぶ。

「自害の見本にせよ!」
落城にあたり後腐れがなかった事。
壮絶な最期は今なお語り継がれている。

…で、こんな私が
≪ダイエットとリバウンドの繰り返しで悩む…≫で処方したのは
「The Groovers」の『春だったね97』です。
とびきりカッコいい日本のロックバンドです!

なぜ?私がこの曲を推薦したのか?気になる方は、
ラジコのタイムフリー(1週間無料サービス)でも番組を聞いて頂ければ…
「あっ、こういう声の、こういう人間か…」と。…それだけで十分です。

次回の『R45 ALL THAT “らじヲ”supported by Joshin』は、
2019年11月1日(金曜日)夜9時からお送りいたします。

来週も お付き合いのほど よろしくお願いいたします。
谷口「わー、わー、言うてます!」
柳田「お時間です!」
2人「さようなら!」     …(つづく)

画像: 次回の『R45 ALL THAT “らじヲ”supported by Joshin』は、 2019年11月1日(金曜日)夜9時からお送りいたします。
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