今日からスタートした「みんなで短編小説」のコーナー、
湊かなえさんが最初の文章を書き下ろしてくださいました!!

あなたとわたしの物語  

今日、会社から戦力外通告を受けた。大きな失敗をしたわけではない。
不況を乗り越えるためには、人員を減らさなければならない。
苦渋の決断をした(と思いたい)上司と一番に目を合わせてしまったのが、
多分、わたしだったのだろう。おまけに、駅についた途端、雨が降り出した。
天気予報では降水確率0パーセントだったのに。
とはいえ、スーツが濡れることなどどうでもいい。
安物のわりには、三年間、まるで制服のように頑張ってくれた。
いっそ、捨てるのが惜しくならないよう、徹底的に濡らしてしまえ。
 ずぶ濡れになってアパートに到着すると、部屋のドアの前に
何やら白っぽいかたまりが見えた。
二つ隣の部屋のおばさんがストールでも落としたのだろうか。
前髪からしたたる雨水を拭いながら、近付いて目を凝らす。子猫だ。
わたしに負けず劣らずずぶ濡れの猫は、ビャアビャアと泣き出した。
放っておくと死ぬかもしれない。猫をつまみ上げて部屋に入った。
タオルで拭いてドライヤーで乾かしてやると、悲哀のかたまりだった猫は、
真っ白いふわふわの愛らしい天使に姿を変えた。
 飼いたい! このアパートはペット不可ではない。
だけど、無職になるわたしに、いったい何の世話ができるというのだろう。
明日、保護センターに連れて行こう。
 深夜、頭の奥で声が響いた。「わたしはあなたの猫」
ハッと目を開ける。頭の横では子猫がごろごろと喉を鳴らしながら寝ている。
夢でも見ていたのだろうと、再び目を閉じた。
「猫は一人の飼い主に毛皮を九度着替えて会いに来る。今回は九度目。
なのに、あなたはわたしを手放そうと思ってる」
 なんだ、なんだ、と、とまどいながらも、なぜか心地いいので、
このまま頭の中の声と会話してみることにした。
「わたし、人生でまだ一度も猫を飼ったことがないんだけど」
「生まれ変わるのは猫だけじゃない。八度も一緒に過ごしたのに、
一つくらい憶えてないの?」
「ぜんぜん」
「あんなに、幸せだったことも? ワクワクしたことも? 
ドキドキしたことも?」
「申し訳ないけど、まったく」
「じゃあ、これから毎晩、夢で一度ずつ見せてあげる。
あなたとわたしの物語を。だから、八日間はここに置いてちょうだい」
 それきり、声は聞こえなくなった。目を開けて猫を見る。
もう喉は鳴らしていない。熟睡している。頭をそっとなでてみた。
こんなに小さいのに、口調はけっこうおばさん、いや、大人びていた。
それが、記憶を持ったまま、九度生まれ変わった証だろうか。
 あなたとわたしの物語を見せてくれるなら、たとえ夢でも楽しみだ。

※本テキストの無断転載は禁止させていただきます。

リスナーの皆さんからの投稿をお待ちしています!!

「あなたとわたしの物語」
今回ご紹介した湊さんの文章につながる8つのエピソードを
リスナーの皆さんから募集し、毎月1エピソードずつ発表していきます。

猫と主人公の女性の、生まれ変わりを経てつながる8つの物語…。
時代、国籍、猫の種類、物語のジャンルなど設定は自由です。
文字数は2000字程度(原稿用紙5枚程度)

今回の女性は現在の職場で3年働いて、
人生で一度も猫を飼ったことがないということから、
仮に21歳としまして…1998年以前、生まれ変わる以前のお話でお願いします。

番組内で1話ずつ紹介させていただき、そこで登場した時代や設定、
一度登場した猫の種類(色、猫種)などは以降の物語では使えません。

第1回の〆切は、6月25日。
お送りいただいた作品は、湊かなえさんご本人が読み、
選考してくださいます。
第1回の発表は7月15日(水)の番組内で行います。
(7月以降も毎月1本、募集・発表を続けていきます)

投稿は↓のメッセージフォームから投稿いただくか、
〒556-8510 FM大阪『湊かなえの「ことば結び」』
「みんなで短編小説」のコーナー宛でお願いします。

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