本日7月15日は、「みんなで短編小説」第1回 優秀作品の発表を行いました!!
今回選ばれた作品はこちらです!!

「源さんと招く猫」     投稿者 神戸市北区のちえさん

風が吹けば、いや、風など吹かずとも今にも倒れそうなぼろ屋。朽ちた板の間のくたびれた小さな座布団が、私の居場所。
どこかの縁の下でミーミー鳴いてたとき、男に拾われた。
「ほら、ミケ、喰いな」
 男が焼いた小さな魚の半分を、わたしの目の前においてくれた。むしゃぶりつく。ぼろをまとった男は、独り身のようだ。半分になり一口しかない魚をおかずに、水ばかりの粥をすする。
 その粥を、欠けた小皿にわけてくれた。
「ありがとう」
「たくさん喰え。といっても、これが最後の粥じゃ。すまんのぉ」
 私の言葉は伝わらないようだが、日に焼けた顔に、たれた目が優しかった。御上(おかみ)からの命で、仕方なく私に優しくしているわけではないと、はっきりと感じた。
 次の日、私は、男の背負う痩せた大根の上に乗り、宿場町へ着いた。これを売って生計を立てているらしい。
 それにしても、売れない。男のか細い声は、宿の賄い人を立ち止まらせるものではない。
「ニャニャーン」
私は通り過ぎようとした太った女を止めようと、「止まってよ。こっちにおいでよ」と、前脚をひょいと動かした。
「あら、猫ちゃん、私をお呼びかい」
女の視線が私から大根へ移る。
「私の足より太いものじゃないとね」
 男はうつむき、目だけを上げた。
「細くとも、味は良いんじゃ。味で勝負じゃ。誰の足よりもうまいんじゃ。あ、いや、どこの大根よりもうまいってことじゃ」
 顔を赤くした男の声が、だんだん小さくなった。私だって女。このどうしようもない文句にため息しかない。しかし、女の機嫌は良かった。
「ははは。源さん、珍しく笑わせてくれたから、一本だけいただこうかね」
 男は、微笑んだ。源っていう名前か。
「源さんは、豆作りは丹波一だけど、大根はだめだねえ」
しかし、私を「ミケ」と呼び、自分のご飯を分けてくれるこの男を、私が嫌う理由はない。細い大根を売るため、私は、前脚で買ってくれる人を集めた。
 ある日、私の招く前脚に、一人の若い娘が立ち止まった。
「可愛い猫ちゃん。名前はなんていうの? 私はおその」
「ミケ」。男はそう応えただけ。それなのに縁とは不思議なもの。宿場町へ行く男の足取りは軽く、時には、道端の花を一輪摘んで、「ミケが、おそのちゃんに持って行けっていうもんで」と、渡した。
「ふふ、源さんったら」
 私の三毛の柄が可愛いだの、尻尾をねずみにかじられそうになっただの、そんなどうでもいいことで、二人は笑った。
「ミケ、おまえは、招き猫ってやつかい? きいたことがあるぞ。おまえ、いつも、左の前脚で、おいでおいでと、手招きするもんで。お客も増えた」
「おそのちゃんも、招いたんだよ」
 私の言葉は通じていないだろうが、男は照れたように向こうを向き、「ありがとうよ」と言った。
 ある日、男はおそのちゃんを家へ連れてきた。
「ボロ屋だもんで、すまんの」
「本当に。崩れそう」
 そういって、おそのちゃんは、私をなでながら、笑った。
 男の緊張が、私にも伝わる。世話になっている男が、惚れた娘と結ばれるよう、願わずにはいられない。ただ、貧乏暮らしは隠しようもない。どうしたものか。
 と、男が、おそのちゃんの前に立った。
「お、おそのちゃん。わしには、何もねえ。見た通りだ。んだども、一生食うに困らん」
 男は、部屋のすみの床板を外し始めた。もしかして、大判小判をそこに?
 大きなカメが見える。ひい、ふう、みい、よ……それにしても、このツンと鼻をつく匂いはなんだ。
 私は土間のはしへ逃げたが、おそのちゃんは、鼻が利かないのか、男と一緒に、カメをながめている。それは大判小判じゃないぞ。腐った何かだ。逃げろ、おそのちゃん。
「わしは、なんにも取り柄がねえけんど、ここは豆作りにはええ土地じゃ。豆を売って紀伊の梅に変え梅干しにする。梅干しさえありゃ、粥もおいしい。一生、食うに困らん」
 いやはや、これは梅干しの匂いかい。
 しかめっ面の私を抱いたおそのちゃんが、「ええ匂いじゃ」と、微笑んだ。

※本テキストの無断転載は禁止させていただきます。

リスナーの皆さんからの投稿をお待ちしています!!

第1回から本当に沢山のご投稿をいただきました。
ありがとうございました!!
このコーナーで優秀作品として発表させていただきました作品は、
角川春樹事務所 PR誌「ランティエ」に後日掲載予定です。

このコーナーでは引き続き、
リスナーの皆さんから募集し、毎月1エピソードずつ発表していきます。
猫と主人公の女性の、生まれ変わりを経てつながる8つの物語…。
時代、国籍、猫の種類、物語のジャンルなど設定は自由です。
文字数は2000字程度(原稿用紙5枚程度)
番組内で1話ずつ紹介させていただき、そこで登場した時代や設定、
一度登場した猫の種類(色、猫種)などは以降の物語では使えません。

第1回で紹介した湊かなえさんが執筆した
「あなたとわたしの物語」に登場したのは、現代に住む女性と白い猫。
そのため、「平成」、「白い猫」という設定は使えません…。
作品はこちらからご覧いただけます。

そして今回の作品では、三毛猫が登場。
また「御上からの命でわたし(猫)に優しくしている」という表現があったことから…
「生類憐みの令」が制定されていた江戸時代前期、というのが伺えます。
ということで、「江戸時代前期」、そして「三毛猫」という設定も
今後は使用いただけません。

<<既に登場した時代>>
「現代(平成~令和)」「江戸時代前期」
<<既に登場した猫の種類>>
「白い猫」「三毛猫」
以上の設定以外を使って、短編小説を執筆、投稿お願いします!!

第2回の〆切は、7月29日。
お送りいただいた作品全ては、湊かなえさんご本人が読み、選考してくださいます。
第2回の発表は8月19日(水)の番組内で行います。
(引き続き、毎月1本、募集・発表を続けていきますので、奮ってご投稿ください)

投稿は↓のメッセージフォームから投稿いただくか、
〒556-8510 FM大阪『湊かなえの「ことば結び」』
「みんなで短編小説」のコーナー宛でお願いします。

コメントを読む・書く

This article is a sponsored article by
''.