本日9月30日は、「みんなで短編小説」第3回 優秀作品の発表を行いました!!
今回選ばれた作品はこちらです!!
投稿者 東京都のカツオコンパスさん
「ゆいこ悪いな、俺の代わりにこいつの面倒見てやってくれないか。アコって言うんだ」
と言って旦那様は、私に何処にでも居そうな茶トラの猫を預けて、兵隊として東京の外れから戦地へと向かった。
東京は焼け野原になり、広島と長崎には大きな爆弾が落ち、玉音放送も聞いた。私は疎開をせず、この家で猫と二人暮らしで旦那様を待っている。
「アコちゃん、ご飯ですよ。今日はねこまんまなの。お魚も少しは入っているのよ」
これでも我が家にはご馳走なのに、ぷいっと外に行ってしまうこともあれば、
「ちょっと、アコ。何で掃除しようとすると寝だすの。そこどいてよ」
声を張り上げるが陽だまりの中でお饅頭の様に丸くなって動かないこともある。
何でこんな我儘な猫を連れて来たのか分からない。それよりも子供が欲しかったな、と溜息を付くが無理もない。私達の新婚生活なんてあっという間に終わったんだから。
旦那様が戦争に行くことが決まって、慌てて幼馴染みの私と式を上げて、よしこれからと言うところでアコがやって来て、旦那様が出て行った。
落ち込んでいると、アコがやって来て口に咥えた金魚を差し出す。元気付けてくれているのだろうか。ありがとうアコ。でも金魚は駄目。後で飼い主に怒られるし、可哀想だし。
小さな写真立てには旦那様の写真が入っている。アコはそれをじぃーと見つめると、何処かに出張される。
最初は心配したけど、数日するとビックリするほど汚れて帰ってくる。こんな事が何度か繰り返して最近やっと旦那様を探しに行っているのだと思い付いた。でもね、その汚れ方からすると野山を探しているようだけど、居ないから、そんなところに旦那様は。
その後はアコを洗ってあげるので大騒ぎになり、私はいつも傷だらけになる。
ある日、掃除をしようと陽だまりからアコを動かそうとすると、何も言っていないのに起き上がり歩き出す。また出張かと見ていると、玄関前で姿勢を正した。
もしかして猫の直感で旦那様が帰ってくるのを察知したのかと胸を高鳴らせていると、知らない男性が訪ねて来た。
男性は旦那様と同じ部隊だったそうだが、旦那様は足を撃たれ敵兵に連れて行かれてそれっきりだと、私に伝える為にわざわざ来てくれたのだ。
そのうち帰って来るから大丈夫と腰が入っていない言葉を並べて男性は帰って行った。
旦那様はもう。そんな予感に身も心も震えて、朝が来ても布団から出る事が出来ない。アコが飯くれとせがむが起きたくない。
目をつぶって夢の世界に入って行けば、花が咲き乱れ美しい川辺に旦那様が待っていて、私の頭を優しく撫でてくれる。
気が付けばアコが食事の催促をして来ない代わりに、私の枕元に何かを置いていった。
そっと目を開けると薄明りの中で赤い色が目に飛び込んで来た。また金魚を持って来て、と思うもののどうでも良くなり、そして再び眠りに落ち、旦那様に逢いに行く。
旦那様が私の手を取り、川へ川へと誘う。
その川面には小舟が浮かんでいて、旦那様と乗ったら楽しそうだなと思っていると、突然、アコが足元に現れた。
アコは私の顔を見て爪を足首に立てると駆け出し、一気に土手を登っていく。「なにすんのよ」腹を立てた私もアコを追って土手をばたばたと登った。
上り切ってアコにお説教だと息巻いていると、不意に置いて来てしまった旦那様が気になり振り返った。
そこには旦那様とは似つかない、陰気な顔をした痩せ男が悔しそうな顔をしていた。
えっと驚くと、私は眠りから覚める。
お腹の辺りが暖かい。中を覗くとアコが丸くなっていた。夢の中まで探しに来てくれたんだ。私の足を本当に引っ掻いて。身体を起こしてみると、枕元が日の光を浴びてキラキラと輝いている。金魚だと思っていたそれは、幾つかの野苺だった。
アコがいつも行っている野山からこれを持って来たのかしらと思いつつ、それを口に運ぶと甘酸っぱさに涙が出てきて、アコを撫でる手が止まらなかった。
いつまでも悲しんでいる訳には行かない。
我が家のお金も大してない。私も働かないとアコに美味しいものを食べさせられない。
陽だまりで寝ているアコに仕事探して来ると声を掛けると、起き上がり玄関まで歩いて行った。見送ってくれるようだ。
私も玄関に向かうと、カラカラカラと戸が開いた。
「ゆいこ、アコ、ただいま。帰ったよ」
夢じゃなく、現実に、旦那様がアコを抱き上げ、私の頭を撫でてくれている。
リスナーの皆さんからの投稿をお待ちしています!!
今回も本当に沢山のご投稿をいただきました。ありがとうございました!!
このコーナーで優秀作品として発表させていただきました作品は、
角川春樹事務所 PR誌「ランティエ」に後日掲載予定です。
このコーナーでは引き続き、
リスナーの皆さんから募集し、毎月1エピソードずつ発表していきます。
猫と主人公の女性の、生まれ変わりを経てつながる8つの物語…。
時代、国籍、猫の種類、物語のジャンルなど設定は自由です。
文字数は2000字程度(原稿用紙5枚程度)
番組内で1話ずつ紹介させていただき、そこで登場した時代や設定、
一度登場した猫の種類(色、猫種)などは以降の物語では使えません。
第1回で紹介した湊かなえさんが執筆した
「あなたとわたしの物語」に登場したのは、現代に住む女性と白い猫。
そのため、「平成中期以降」、「白い猫」という設定は使えません…。
作品はこちらからご覧いただけます。
そして今回は、「昭和20年・終戦直後=昭和初期」、「茶トラ」が出てきました。
<<既に登場した時代>>
「現代(平成中期~令和)」「江戸時代前期」「明治時代前半」「昭和初期」
<<既に登場した猫の種類>>
「白い猫」「三毛猫」「黒猫」「茶トラ」
以上の設定以外を使って、短編小説を執筆、投稿お願いします!!
第4回の〆切は、10月14日。
お送りいただいた作品全ては、湊かなえさんご本人が読み、選考してくださいます。
第4回の発表は11月4日(水)の番組内で行います。
(引き続き、毎月1本、募集・発表を続けていきますので、奮ってご投稿ください)
投稿は↓のメッセージフォームから投稿いただくか、
〒556-8510 FM大阪『湊かなえの「ことば結び」』
「みんなで短編小説」のコーナー宛でお願いします。