本日12月9日は、「みんなで短編小説」第5回 優秀作品の発表を行いました!!
今回選ばれた作品はこちらです!!
投稿者 長岡京市の堅 さん
武家のしきたりを嫌い屋敷を出た私は、紅葉が色づきはじめた大川端近くの裏長屋に移り住み、十日目の朝を迎えた。
生活が変わり不自由は多いが、住人たちとも少しずつ打ち解け、居心地は悪くなかった。
「伊織さん、おはよう」
朝餉の最中に、突然声がして表の戸が開く。
隣の植木屋のひとり娘、ナツが土間に立ち、四畳半の一間を大きな瞳で物色し始めた。
「ねえ、汚れた物を出して。私が洗うから」
歳は同じ十八だが、どこか大人びて見える。
「いいえ、自分で洗いますから」
「お侍さんが洗い物なんて、にあわないわ」
強引に部屋に上がろうとしたので、立ち上がって止めたら、彼女はポッと頬を染めた。
それを見た細身の雌猫ブチが、「にゃおーん」と私を冷やかす。
ナツは真っ赤な顔のまま帰り、ツンとした匂いが土間に残った。
「にゃん?」と、ブチは小首を傾げた。
「ここでは私は男。湯文字なんか出せないわ」
「ふわーお」
「さあ、剣術のけいこに出かけるわよ」
ふくらんだ胸に巻いたサラシをきつく締め直し、地味な小袖に袴をはいて、本差を腰にさす。
私が土間に降りたら、ブチはおもむろに起きあがって背伸びをし、先に表に飛び出した。
五日前、ぷいとやって来てそのまま居着いた白と黒のブチ猫は、野良のわりにこぎれいで、飼い猫のようにも見えた。私と同じ気楽なくらしを求めてきたのかもしれず、詮索はやめ、名前は「ブチ」と勝手に付けた。
剣術道場の裏手から入ると、顔なじみの兄弟子たちが、井戸のまわりで話しこんでいた。
「娘のかどわかしが、またあったんだとさ」
「美人ばかりが、ねらわれたんだろ」
「なら、伊織もあの美形だ。ひょっとして」
「あんなじゃじゃ馬、だれがかどわかすか!」
ゆっくり忍びより、私は水の入った桶をつかみ、彼らに思い切りぶちまけた。
けいこを終え、紅葉のきれいな大川沿いをゆっくり歩き、日暮れ前に長屋にもどった。
やけに人盛りがしていて、見ればナツの母親が泣きくずれ、亭主がなだめている。
そばに奉行所配下の目明かし、源蔵が居て、私を見つけるなり事の次第を告げた。
「えっ、ナツさんがかどわかされたのですか」
背筋が凍る思いがしたが、彼の話を詳しく聞き、二親に声をかけて家にもどった。
彼女を救う手立てがないか思案していたら、一つの考えが浮かび、私はブチを抱きあげた。
「あなたは犬じゃないけど、鼻は利くよねえ」
「にゃん?」
「それに夜目も利く」
「にゃあ」
「ナツさんの匂いを嗅いで、探せない?」
「ふう……」
隣で娘の着物を母親に出させ、ブチの鼻に近づける。ナツには悪いが、私も嗅いだ。
「このツンとした匂いって、ハッカですね」
「ええ、あの子はよく蚊に食われるから、葉をもんで汁をつけてます」と、母親が言う。
「ブチ。お願いね。あなたが頼りなの」
「にゃお」
雌猫はナツの匂いの跡を追い、闇に消えた。
空が白み始めた頃、ブチが見つけてきた街外れの民家の納屋に忍びこみ、かどわかされたナツと、他に居た二人の娘を救い出した。
異変に気づいた数人の荒くれ者が、野道を追いかけてきて抜き身で切りかかってくる。
「にゃおん?」
「『どうする』って、やるしかないでしょう」
非力ながら、剣を持てば負ける気はしない。
だが悪人と言えども、人を殺めたくないので、刀の峰でひとり残らず打ち倒した。
すると頭目らしき大男が、「刀を捨てろ」と野太い声でどなり、短筒を私に向けた。
ブチが、鋭い視線を私に投げる。
ダメ。危ないから無茶しないで。
次の瞬間、彼女は頭目に飛びかかり、短筒が火を噴く。小さな体が地面に転がり落ちた。
私は脱兎のごとく駆け、一太刀で彼をしとめると、ブチを抱きあげ必死に呼びかけた。
「ブチ! キズは浅いわ。しっかりなさい」
夜が明け、私は源蔵の家に招かれ、座敷で長火鉢をはさんで座り、彼と対峙していた。
「お嬢様。おかげで娘たちは、色町に売られずにすみましたが、おひとりで捕り物はいけねえ」
「…………」
「お嬢様にもしもの事があったら、お奉行様に、あたしゃ合わせる顔がございません」
「親分さん。私は勘当され浪々の身です。親父様とは、なんら関わりはございません」
「そんなあ。『伊織はおなごだてらに剣が立ち、俺に似て無鉄砲で、心配が絶えねえ』って、いつもあなた様を案じておられるんですよ」
「いらぬことです。背中に桜の彫物を入れるほど、私は無鉄砲ではないので、ご心配なく」
源蔵が嘆息をもらし、私は話を変えた。
「ブチはけがを負いましたが、大事ないです」
私の膝の上で、腹にサラシを巻いた彼女が、
「ゴロゴロゴロ」と、大きな声で鳴いた。
「親分さん、『お腹がすいた』ですって」
「朝飯はまだだな。そいつは気がつかなかった」
源蔵は大笑いし、私もつられて笑った。
親父様。私は帰りません。そのおつもりで。
リスナーの皆さんからの投稿をお待ちしています!!
今回も本当に沢山のご投稿をいただきました。ありがとうございました!!
このコーナーで優秀作品として発表させていただきました作品は、
角川春樹事務所 PR誌「ランティエ」に後日掲載予定です。
このコーナーでは引き続き、
リスナーの皆さんから募集し、毎月1エピソードずつ発表していきます。
猫と主人公の女性の、生まれ変わりを経てつながる8つの物語…。
時代、国籍、猫の種類、物語のジャンルなど設定は自由です。
文字数は2000字程度(原稿用紙5枚程度)
番組内で1話ずつ紹介させていただき、そこで登場した時代や設定、
一度登場した猫の種類(色、猫種)などは以降の物語では使えません。
第1回で紹介した湊かなえさんが執筆した
「あなたとわたしの物語」に登場したのは、現代に住む女性と白い猫。
そのため、「平成中期以降」、「白い猫」という設定は使えません…。
作品はこちらからご覧いただけます。
そして今回は、「江戸時代・中~後期」、「白ブチの猫」が出てきました。
※日本国内でハッカの栽培が行われたのは18世紀以降、ということで
江戸時代・中~後期が舞台となっていると思われます
<<既に登場した時代>>
「現代(平成中期~令和)」「江戸時代前期」「明治時代前半」
「昭和初期」「古代エジプト文明」「江戸時代・中~後期」
<<既に登場した猫の種類>>
「白い猫」「三毛猫」「黒猫」「茶トラ」「グレーの猫」「ブチ柄の猫」
以上の設定以外を使って、短編小説を執筆、投稿お願いします!!
第6回の〆切は、12月23日。
お送りいただいた作品全ては、湊かなえさんご本人が読み、選考してくださいます。
第6回の発表は1月20日(水)の番組内で行います。
(引き続き、毎月1本、募集・発表を続けていきますので、奮ってご投稿ください)
投稿は↓のメッセージフォームから投稿いただくか、
〒556-8510 FM大阪『湊かなえの「ことば結び」』
「みんなで短編小説」のコーナー宛でお願いします。」