本日1月20日は、「みんなで短編小説」第6回 優秀作品の発表を行いました!!
今回選ばれた作品はこちらです!!

投稿者 大阪府交野市 の ビーよん さん  題「老いらくの旅路」

 振りかざした拳が片方の男の胸をかすり、汗が滴る。じわりと血がにじむ胸をかばいつつ、男は反撃に出て、相手の腹を下から突き返す。
 ここはオリュンピア。四年に一度の祭典で、国じゅうから集まった男たちが、種々の競技で文字通り命懸けで戦う。
 競技場から人間の足で歩いて十五分ほどの民家の隙間に、猫が身を潜めていた。名前はソフィア。艶の良いキジトラの毛が特徴の雌の老猫だ。
 ソフィアは普段、昼間は縄張りを歩き回ることが多いのだが、昨日から祭典が行われているため、出歩くのを控えている。競技場の行き帰りに会う荒くれ者たちは興奮している者が多く、時として通りすがりの動物や人間を殴ったり蹴ったりすることがあるからだ。
 小さな欠伸を一つする。
 ソフィアはまどろみに身を任せ、ゆっくりと目を閉じた。
 次にソフィアが目を開けたとき、すでに日は西に傾いており、街全体がやわらかく夕焼けに染まっていた。まるで鳩の卵が落ちて派手に割れたときのように、どろりとした黄色と極薄い半透明の夜が空と街を覆っている。
 今日もようやく静かになりそうだと身体を伸ばそうとしたソフィアは、目の前の物を見て全身の毛を逆立てた。
 それは、横たわった人間だった。かなり老いた男だ。骨が浮き出している腕や足はまるで枯れ木のように見える。ニャンと一つ呼びかけると、男は目を開けた。
「おお、すまんな猫さん」
 猫に敬意を示す人間は珍しい。ソフィアが威厳を示すように胸を反らすと、男は痩せた身体をかき抱くように布を引き寄せる。
「まあもうすぐ死ぬ身さ。許してくれよ」
 投げやりな男の態度がどうも気になったソフィアは、胡座をかく男の膝に載り、話の続きを促すようにもう一度短く鳴いた。
 話を促していることが分かるのか、男は少し恥ずかしそうに話し始めた。
「ふむ。俺はここからずっと東の村にある貧乏な家の出でね。オリュンピア祭があると聞いてここまで来たんだが……」
 そう言うと、競技場の方を振り返る。
「何としたものか……俺のなりでは競技場に入れないらしい。帰るための金はこっちで稼ぐ気でいたからもう一文無しなのさ」
 オリンピュア祭というのはたぶん、四年に一度、今日も開催されている祭典のことだろう。
 見るからに年老いた男だ。冷たく断られ、もしかしたら罵倒されたり嘲笑を受けたのかもしれない。ソフィアは男を気の毒に感じた。
「ひと目でいいから見たかったんだがな。このまま死にゆく運命なんだろうよ、ハハッ」
 男は自嘲気味にせせら笑って、残り少ない水を飲む。その姿はやはり、ソフィアから見ても気の毒で寂しげだった。
 この男に、慎ましくささやかな夢を見せてやりたい、とソフィアは思った。かなえてやっても誰も傷つきも困りもしない。しかもソフィアは、門番に見咎められずに会場を見る術を知っているのだ。
 ニャアオ。ついていらっしゃい、と短く鳴く。
 怪訝そうに眉をひそめつつも、男はのそりと起き上がり、体にまとっていた布を丸め始めた。言葉は通じなくても意図を汲んだようだ。
 競技場の裏手の丘に出て、小高い道を進む。男は不安げにきょろきょろと周囲を見回していたが、ソフィアが止まった位置で会場を見下ろすと、少し遠いが競技場内を見渡すことができた。
「おお、これは……」
 あまりにも眺望に感動したのか、それとも現実味がなくて戸惑っているのか。いずれにせよ男はしばらく言葉を失っていた。
 やがて両手を組んで何か呟き始めたが、それも長くは続かず、男は静かに地面に倒れた。
 この世に未練もなくなったのか、幸せそうに瞳を閉じている。
 あの世に見送ってやるかと仰向けの男の胸の上に乗ると、小さく胸が上下しているのを感じた。
 全身の毛を逆立てたソフィアはのけぞるように飛び上がり、一回転して地に降り立つ。身を低くして男を睨んでいると、男は薄目を開けた。
 ……心配して損した!
 ソフィアが男の顔を見ると、男も視線を感じてか照れ笑いを浮かべて目を開ける。
「やあ猫さん。素晴らしい眺めをありがとう。信じられないような素晴らしい体験ができて、思わず力が抜けてしまった。これで心置きなく死ねると思ったんだが……ここまでしてもらっちゃ、お前さんに恩返しするまではまだ死ねないね」
 涙ぐみながらも嬉しそうに顔を綻ばせる男を見て、ぷりぷり怒っていたソフィアも機嫌を直した。
 男が言った、恩返しという言葉について考える。この男は、この町で生きていくには老いているし、なにより優しすぎる。男がソフィアに恩返ししたいのなら、ソフィアが側についてやるというのが一番よさそうに思えた。
 しばらくこの男についていってみるという生き方も面白そうだ。
 ゆっくり歩き出した男の後ろを、ソフィアは音も立てずにすたすたと歩いて追う。
 互いに老いた一人と一匹の旅は、もうしばらく続く。  

リスナーの皆さんからの投稿をお待ちしています!!

今回も本当に沢山のご投稿をいただきました。ありがとうございました!!
このコーナーで優秀作品として発表させていただきました作品は、
角川春樹事務所 PR誌「ランティエ」に後日掲載予定です。

このコーナーでは引き続き、
リスナーの皆さんから募集し、毎月1エピソードずつ発表していきます。
猫と主人公の女性の、生まれ変わりを経てつながる8つの物語…。
時代、国籍、猫の種類、物語のジャンルなど設定は自由です。
文字数は2000字程度(原稿用紙5枚程度)
番組内で1話ずつ紹介させていただき、そこで登場した時代や設定、
一度登場した猫の種類(色、猫種)などは以降の物語では使えません。
第1回で紹介した湊かなえさんが執筆した
「あなたとわたしの物語」に登場したのは、現代に住む女性と白い猫。
そのため、「平成中期以降」、「白い猫」という設定は使えません…。
このお話へとつながる生まれ変わりの物語をお待ちしています。
湊かなえさん執筆の作品はこちらからご覧いただけます。

そして今回は、「古代ギリシャ」、「キジトラの猫」が出てきました。
<<既に登場した時代>>
「現代(平成中期~令和)」
「古代エジプト文明」「古代ギリシャ」「江戸時代前期」「江戸時代・中~後期」「明治時代前半」
<<既に登場した猫の種類>>
「白い猫」「三毛猫」「黒猫」「茶トラ」「グレーの猫」「ブチ柄の猫」「キジトラの猫」
以上の設定以外を使って、短編小説を執筆、投稿お願いします!!
第7回の〆切は、2月3日。
お送りいただいた作品全ては、湊かなえさんご本人が読み、選考してくださいます。
第7回優秀作品の発表は2月24日(水)の番組内で行います。
(引き続き、毎月1本、募集・発表を続けていきますので、奮ってご投稿ください)
投稿は↓のメッセージフォームから投稿いただくか、
〒556-8510 FM大阪『湊かなえの「ことば結び」』
「みんなで短編小説」のコーナー宛でお願いします。」

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