今日は4月からの新コーナー「3枚チャレンジ」
第1回優秀作品の発表を行いました。

画像: 3枚チャレンジ 第1回

湊さんと、塩田さんがそれぞれ提示するテーマに沿った小説、
またはエッセイを原稿用紙3枚、1200字程度にまとめて
投稿していただくコーナーです。
テーマごとに優秀作品を選び、今回も角川春樹事務所のPR誌
『ランティエ』に掲載されます!(掲載率は2倍!)

湊さんのお題…「時計」;京都・長岡京市の健さんの作品

 背中がひんやりして目がさめたら、蛍光灯のまぶしい光が飛びこんできた。
 ここはどこだろう? 白い壁は陶器か。ということは……。 
 蛇口から吹き出る水音に、洗面台が頭に浮かぶが、いつも見ている角度とはあまりにちがった。
 眠る前のことを思いだそうとしたが、頭がまっ白で自分の名前すら出てこない。    
 途方に暮れていたら体が突然宙に浮き、目が回わりそうになった。
 大きな鏡に白ワイシャツの端整な顔立ちの若者が映り、左腕に青い文字盤の腕時計が見えた。
 この男が私なのか。はじめて見る顔だが……。
 鏡面の彼の視線を追ったが、どうもしっくりこない。さらに注意深く観察を続けたら、なんと腕時計の丸い文字盤と見事にシンクロした。
 私が腕時計だなんて、信じられない!
 彼がスーツを着ると私は袖に隠れ、光が閉ざされたまま家を出た。
 ゆれる腕につき合い移動する自分は、もはや彼の所有物なのか。それなら代わりに、私は彼の時間を自在に支配してやろうと思った。
 どうやるかは、これから考えればいい。
 主は会社のオフィスで上着を脱ぎ、パソコンに向かうと仕事を始めた。
 闇から出て彼の腕からも解放された私は、机のはしっこに置かれた。
 隣の若い女子社員に目をやると、器量はさておき、か細い腕にまかれたサクラピンクの腕時計が輝いていて、胸がときめいた。
 淡い色あいが実に麗しく、私は「サクラの君」と名づけ、とりこになった。
 ところが数日して、彼女は突然退職し、サクラの君は私の前から去った。
 後任は絶世の美女だったので、主ははりきるが、趣味の悪い腕時計を目にして、私は幻滅した。
 さっそく、主は彼女をデートに誘った。だがやる気のない私は、バレないよう一時間ほど昼寝して、約束の時刻をかなり過ぎたころに彼を導いた。
 その後も、デートの度に遅刻する主に腹を立てた彼女は、早々に見切りをつけ、別の男性といい仲になった。
 休日の午後、気晴らしに出かけた主の、薄いカーディガンの袖口から街中をながめていたら、偶然にもサクラの君と持ち主に再会した。
 主は彼女を食事に誘った。その後ホテルに向かい、ふたりはベッドで戯れはじめた。
 私は一秒の間隔をゆっくり刻んだ。彼のためというより、腕から離れた私のそばで横たわる、サクラの君と長い夜を過ごしたかったからだ。
 それから主と彼女が結ばれ、私は天にも昇る心地でいたが、婚約を期に彼らはペアウォッチを購入した。
 用ずみとなった私は、引きだしの奥にしまわれた。サクラの君も同じ運命をたどったが、私の隣に並べて置かれたのは、せめてもの救いだった。
 いったい何日が過ぎたのだろう。
 闇の中で、顧みられることのない私たちは、正しい時を刻むことが次第に難しくなってきた。
 そして、ついにその日を迎えた。
 隣で小さな心音が聞こえなくなり、サクラの君は永い眠りについた。
「来世も、君といっしょにいられたらいいね」
 後を追うように、私の秒針はぴたりと止まり、二度と動くことはなかった。  

塩田さんのお題…「はっさく」;大阪・交野市のビーよんさんの作品

『ほくろはっさく』
 ぎゅるり、じゅ、じゅばばば。じゅるるる、じゅぱあ。
 なんとも瑞々しい音と共に手の中のはっさくは次々小さくなってゆく。代わりに、薄黄色で透明の果汁がたっぷりと搾り器に溜まり、リビングははっさくの香りで満たされて、仕事帰りの疲れた脳が癒される。
 残った皮は綺麗な物と汚れた物に分ける。綺麗な物の半分は干して薬味に、もう半分はマーマレードにする。どれもこれも祖母直伝の活用法だ。
 実家はレモンとオレンジのついでに、はっさくも栽培している。だから毎年の出荷時期には、一人暮らしの私の家にも大量に送られてくる。このはっさくを絞る作業も、実家にいた頃からさんざんやらされたので手慣れたものだ。
 小さい頃の私は、額と鼻の横に一つずつある大きなほくろをひどく気にしていた。
 私の友達に、大きなほくろが顔にある子はいなかったし、男の子たちが私のほくろをからかってきて、恥ずかしい思いをしたことも何度かあった。
 しかし畑仕事に追われる父母は相手にしてくれないし、祖父は近所の農家仲間を引き連れて夕方から飲み歩く。
 祖母だけは、一緒にはっさくの皮を剥きながら悩みを聞いてくれた。
「そっか、ほくろが気になるのねぇ」
 祖母は皮をあれよあれよと剥きつつ、私の話に頷いた。
「でもね、これ見てごらん」
 見せられたはっさくの皮にはたくさんの傷や大きな黒ずみがあり、マーマレードにも使えそうにない。素直にそう告げると、祖母は嬉しそうに頷いた。
「傷がたくさんあるのは、枝先に付いていた証拠だよ。だから太陽をいっぱい浴びて甘くなってるんだ」
 剥いた実を一房もらうと確かに、さっぱりとした酸味のなかに強い甘味が広がる。
「さーちゃんも、太陽をいっぱい浴びて、おいしくなるよぉ」
 祖母に言われるとそんな気がしてくるから不思議だ。笑顔も声も、私を撫でる皺だらけの手も、春の日差しのように優しくて暖かい。
 祖母のそんな笑顔が見たくて、難しい算数の宿題も、高くて怖いとしか思えなかった組体操も、みんな一所懸命に頑張ったものだ。
「心配ないよ。きっと見てくれている人がいる。この皮だって、ちゃんと使えるんだよぉ」
 祖母はそう言って私に笑いかけた。そしてはっさくの皮をガーゼに包むと、紐でぎゅっと口を縛った。
 どんなに汚い見た目の皮でも、ふさわしい使い方で立派に役割を果たせるのだ。
 そして私もいま、同じ手順でそれを作り終えた。
 さあ、今日も頑張った。はっさく尽くしの夕飯とデザートを作り始めよう。サラダにもよし、ポン酢にもよし、煮汁にもよし、もちろんデザートにもよし。うまく使えば、はっさくは何にでも会う万能フルーツなのだ。
 明日は休日。夕飯を食べ終えたら、夜はこれを湯船に浮かべてはっさく風呂と洒落込むのだ。そう心に決め、先ほど作ったはっさくの皮の巾着を吊るすため、鼻歌交じりで風呂場に足を向けた。

次回も投稿お待ちしています!

第2回のテーマは…
湊さん・・・「占い」
塩田さん・・・「社会科見学」
〆切は、5月10日(月)とさせていただきます。

どちらかのお題を選んでいただき、原稿用紙3枚程度(1200字前後)で
作品の執筆をお願いします。
作品は小説でもエッセイでも、形式は自由です。
みなさんからの投稿お待ちしています!

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