アダムスミスは労働、つまり働くこととは『労苦と骨折り』と言っているんです。
働くことはしんどくて、大変なことだということです。
一方、皆さんに非常に評判の悪いマルクスは、
『労働は本来、楽しいものである』と言っております。どっちがいいでしょうか?
『労苦と骨折り』みたいな働き方がしたいと思っている人はどれくらいいますか?

アダムスミスの国富論は Give & Take である。Win & Win ではない。
そこに力関係が出てくる。
「私がこれだけやるから、あなたはこれだけやりなさい。」
言う方は良いのですが、言われる方は少なからず不満が出てくるわけです。
私は、この話を聞いた時、店側と客の関係がふと頭をよぎりました。
お金のために働く店員。そのお金を支払う客。
こういう関係が成立してしまうと、金を払う客が「偉い」と錯覚してしまうのではないか。

本来は客が欲しているわけで、店側は客の欲望を満たす存在。
「お腹すいた」という欲望を満たすため、客は対価としてお金を支払う。
店はその対価に見合った品物を提供する。提供するだけの役割が店員。
何か「お金」そのものの価値が、それ以上に大きくなってしまっているように感じるのです。

私は、お金そのものに価値はないと考えています。
なぜなら、人はその人の価値に対価を支払うのであって、
結局、その人自身に価値があるのだろうと思うからです。
どれだけ勉強してきたか? どれだけいろんな人を知っているか?
どれだけその人の心になれるか? どれだけ「この人のために」と思わせられるのか。
そのためには自分のどこに価値を見出せるかを自分がわからなければなりません。
その人の周りにどれだけ多くの人が力を貸してくれるのか?
まあ、それは死ぬ時にしかわからないのかもしれないですね。
肩書きや資産で繋がるのではなく、思想によって繋がりたい。
そんな風に繋がった人のための労働は楽しいに決まっているからです。

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