3歳で父を亡くし、17歳で母を亡くした、孔子。かなり苦労されたようです。
この「苦労」が「孔子」にどのような影響を及ぼしたのか。
その辺は、想像でしかありませんが、玉秀斎はこのように思ったようです。
「このような環境であっても孔子のような人になれるかもしれない」
「(だから頑張っていこう)」なのか。でも、それって嘘ですよね。
「孔子は孔子だったから成功したんだ」というジレンマがある。
これに対し、廣田は「どこか、有名にならないと成功したことにならないと思ってはいないか」
と指摘するのです。
なるほど。
孔子のようにならなくても構わないということです。
私(ディレクター)も、このような仕事をしていますから、
成功したとか、幸せとか、そういうものを、どれだけ稼いだとか、どれだけ売れたとか、
ついつい、金銭的な物差しで見てしまう癖がついてしまっていることに気付かされるのです。
様々な経済本で紹介される「事業で成功する人は思いが大事」ということを、
私は間違って認識しているのかもしれないと考えました。
即ち、「成功する(有名になる)ためには、自分がどうしたいか?という思いが大事」と変換でき、
出だしから、廣田先生に「有名≠成功」とあったものですから、
自分がどうしたいかのベクトルは、結局、自分から外に向いている。
外から自分に向くベクトルが先。その上で、自分から外に向けてどんなベクトルを向けられるかだ。
その上で、私に何ができるだろうか?
世の中のため、今、コロナ禍で苦しんでいる人たちに何かできるだろうか?
私は、まだまだ勉強が足りない。世の中のことを知らなすぎることに気付いたのです。