「ジャー・パンファンと音楽の潮流」#2
今夜のテーマは、日本での出会い
もっと二胡の可能性を追求したい。ジャー・パンファンは、その思いで海外移住を模索するなかで88年に来日。当時の日本では二胡の存在すら知られていない状況でしたが、ある日レコーディングの話が舞い込みます。
M1「風の子守唄」ジャー・パンファン
服部克久さんが作曲されたこの曲がヘッドフォンから流れてきた時、ジャーさんは「これこそが求めていたもの」と思ったそうです。東洋の音楽でありつつ、世界の音楽でもあるというのが第一印象。
そして、この曲がきっかけで、日本での活動の扉が開いていきます。
M2「枯葉」エディット・ピアフ
ピアフは、ジャーさんにとって二胡のような歌声。...