画像: 第20番札所「西山 善峯寺」をご紹介しました

平安中期の1029年に源算上人により創建されました。源算上人が47歳の時に小さなお堂を建て、自ら刻んだ千手観音を本尊として安置したと伝えられています。その後、後一条天皇から「良峯寺」の寺号を賜り、鎌倉時代に後鳥羽天皇より現在の「善峯寺」の宸額を賜ったことで寺号が改められました。

応仁の乱でお堂の大部分を焼失してしまいましたが、江戸時代に第5代将軍 徳川綱吉の生母である桂昌院の寄進によって再建されました。こちらの薬師如来は、桂昌院のお父さんから厚く信仰され、八百屋さんの娘だったといわれる桂昌院のシンデレラストーリーから、玉の輿や出世開運のご利益があるとも言われています。

善峯寺のご本尊は、千手観世音菩薩で仁弘法師の作品だと言われています。もともと洛東の鷲尾寺に奉安されていたもので、後朱雀天皇が見た夢のお告げにより、善峯寺に移されることになりました。最初のご本尊であった、源算上人作の十一面千手観世音菩薩像も脇本尊として隣に祀られています。

ご本尊は毎月第2日曜日とお正月三が日に開帳されていますが、2028年に開山1000年を迎えるにあたり、仁弘法師ならびに源算上人が作られた千手観世音菩薩を、2022年1月から、元来の慣習である秘仏にて奉安される予定です。

1259年の正月ごろから、京都で疫病が発生し、多くの方が亡くなりました。後深草天皇も病にかかり、医療では治らなかったことから、皇后が寺社に平癒の祈願をさせたそうです。善峯寺では大悲観世音に祈らせました。すると、夢に僧が現れて「天皇の御悩 こたびは平復ましまさじ。然れども汝の深い信心を感ずる故に、死を転じて長生ならしめむ。洛中の諸人も皆ともに安穏ならしむべし。いよいよ慎んで持念おこたるべからず。我の住む家は西山善峯にあり。」といわれ、千手観音の姿で空に上っていったそうです。皇后も天皇も、また洛中でも多くの人が同じ夢を見たそうで、ほどなくして疫病はおさまったという伝説が残っています。

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