第17番札所「補陀落山 六波羅蜜寺」をご紹介しました
天歴5(951)年に醍醐天皇の第2皇子といわれる空也上人により開創された「六波羅蜜寺」。「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えながら諸国を廻り、道路や橋を造るなど社会事業にも尽力した空也上人は、人々に寄り添いながら伝道に励んだため、人々から「市の聖(いちのひじり)」と呼ばれ慕われていました。
当時、京都では疫病が流行しており、村上天皇に「悪疫退散」を命じられた空也上人は、自ら刻んだ十一面観音像を車に乗せ、市中を曳き回り、小さな梅干しと結昆布を入れて仏前に献じたお茶を病人に飲ませ、歓喜踊躍しつつ念仏を唱えて病魔を鎮めたと伝わっています。このお茶は「皇服茶」(村上天皇も服用したお茶)として、今も正月の...