今週は第30番札所「竹生島 宝厳寺」。
竹生島は、昔から“神の島”とあがめられてきた島で、島に民家は1軒もなく、宝厳寺と都久須麻(つくぶすま)神社があり、神と仏が住む聖域とされています。

奈良時代の724年、聖武天皇が夢枕に立った天照大神のお告げにより、行基菩薩が弁財天を祀る堂塔を開基。その翌年には観音堂の建立を発案し、その後、千手観音が安置されました。

お寺のご本尊である“大弁才天”は、神奈川県の江ノ島や広島県の宮島と並ぶ“日本三弁財天”の一つ。秘仏で60年に一度、開帳されています。次回は2037年なので、まだまだ先ですね。

西国札所のご本尊は、千手千眼観世音菩薩で、観音堂にいらっしゃいます。
こちらも、60年に一度開帳される秘仏。同じく2037年に開帳されます。

観音堂は、隣の「都久夫須麻神社」と渡り廊下でつながっているのですが、これは神仏習合の名残。明治元年の「神仏分離令」と「廃仏毀釈」の影響で宝厳寺は廃寺の危機にありましたが、全国の信者による強い要望により免れ、本堂の建物のみを神社に引き渡すことになったそう。

1558年の火災により、宝厳寺は焼失。秀吉の妻、寧々(淀君)により復興されたと言われています。そして、1603年に豊臣秀頼の命により、観音堂や舟廊下、国宝である「唐門」が移築されています。観音堂とつながる「唐門」は、唐破風をもつ門のことで、秀吉のお墓である豊国廟(ほうこくびょう)に建っていた極楽門を移築したものと伝わっていま
す。近年は、元々、大坂城にあった極楽門が豊国廟へ移築されたという説が強くなっており、秀吉時代の大坂城の唯一の建物と考えられています。

また、観音堂から都久夫須麻神社へと続く渡り廊下「舟廊下」は、秀吉の御座船として作られた日本丸の船櫓を利用したもの。平成26年から修理・保存事業が行われ、この春に完成した唐門や観音堂、舟廊下は必見です。

御本尊の千手千眼観世音菩薩のご真言は
おん ばざら たらま きりく

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